当たり前が当たり前じゃなくなってる
家の庭掃除や部屋の掃除は、いろんな事情でできない人以外はその家人がするのが当たり前とされる。
家の周辺は「地域社会」という家の延長線上の世界。
そこの社会のゴミを拾ったり、雑草を刈ったりするのもその地域に暮らす人達がするのが当たり前と古くから言われてきた。
そう考える以前に行動していた。
それが地域社会の崩壊した都会では「税金収めてるんだから行政がやればいい」的な考えがまかり通って、その流れは地方へもやってきつつある。
ボランティアなんて言葉がない時代から当たり前にやってきたから、地域社会は「社会」として成り立ってきたわけで、それらをすべて放棄して「納税者」であることを盾に行政にすべてを委ねてしまうことは「地域社会」の崩壊につながる。
賃貸マンションに暮らして賃貸料を払ってるからと自分の部屋の掃除を放棄しないだろうし、汚れていれば綺麗にすればいいだけの話。
ゴミがあれば拾えばいいだけの話。
こんな当たり前のことに「ボランティア」なんて言葉を付けることも好きじゃない。
綺麗になったら気持ちいいよ。 それだけ。
それから多くの納税者の一人あたりの納税額より多額の行政サービスを受けていることも忘れてはならない。